2024/10/31 10:41

現在では、腸と腎臓に大きな関連があり、消化器系(腸内細菌叢)の健康は腎臓病の治療にあたって重要な考慮事項であるという有力なエビデンスが得られています。
本稿ではこれらについて解説します。
※内容に一部専門的な内容が含まれますので、読みにくいかもしれません。適宜読み飛ばしてください(^^;

Introduction

複数の動物種において腸と腎臓の間には重要な関係があり(この関係は「腸腎連関」と呼ばれている)、互いに大きく影響しあい、臨床的にも重要な意味を持っという概念を支持する研究報告が相次いでいる。
慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)の猫は腸内細菌叢のバランス異常(ディスバイオーシス)を来しており、腸は寿命と併発症の改善を行う上で治療のターゲットになり得るという考え方を支持している。本稿では腸腎連関に関する現在の理解について、そして腸内細菌叢の健康を改善し、有害な腸由来の尿毒素の蓄積を抑制するために利用できる戦略について概説する。

腸内細菌叢とディスバイオーシス

腸内微生物叢(マイクロバイオーム)は主に細菌で構成される微生物群の集まりと定義されている。これらの微生物は消化管内に生息し、微生物間及び宿主との間で複雑な相互作用を持つエコシステムを形成している。
猫の体内には、何千種類もの腸内細菌の系統型(ファイロタイプ)が存在し、その数は数兆個に及び広範な機能的能力を持つ。このような多種多様な微生物は、その代謝産物や腸内の遺伝子発現への作用を介して宿主の健康の維持に重要な役割を果たしている。
健康な細菌叢と、宿主、細菌代謝産物の間のコミュニケーションは、健康な免疫系の発達と維持、食事からの栄養素の吸収、腸バリアの維持、栄養素の合成(例:短鎖脂肪酸、ビタミンB12)、腸内に侵入する病原菌の防に欠かせない(1)。
ディスバイオーシスは腸内細菌叢のバランスの崩れと定義されており、細菌叢の構成や代謝活動の変化を伴う。
多くの疾患において、ディスバイオーシスは単なる疾患マーカーではなく、病態に能動的に関与している(2)。腸内ディスバイオーシスは、CKDの人及び実験動物モデルで広く報告されており、尿毒症は腸内細菌叢に負の影響を及ぼし、腸内細菌叢の均整のとれた分布や複雑なコミュニティを崩して特定の細菌類が優勢な単純なものに変化させることが示されている(2)。CKDにおける腸内ディスバイオーシスの機序としては、尿素の直接的な作用とそれに続いて起こる腸内細菌によるアンモニアの産生の増加に加えて、抗生物質とリン酸結合剤の頻繁な使用や食物繊維摂取量の減少などの食事の変化などが提唱されている(2)。

尿毒素

「尿毒症」という用語は、糸球体ろ過率(glomerularfiltration rate:GFR)の低下により物質が血中に蓄積すること、そして、その結果として生じる臨床症状の両方を指す。
一般的には電解質、有機溶質及びホルモンのバランス異常を指すが、尿毒素も意味している。クレアチニンと血中尿素窒素(blood urea nitrogen:BUN)は臨床的観点からもっともよく知られている尿毒素だが、実は推定上の尿毒素とされる約146種類もの有機溶質のうちの2種類にしか過ぎない(3)。
重要なことは、これらの多くの物質は身体による積極的な制御を受けておらず、GFRの低下とともに蓄積が進む。これらの一部の毒素は血液透析でも除去することができないため、人患者でも特に問題となっている(3)。特に興味深いのは、腸内細菌叢の蛋白異化によって生じる老廃物の尿毒素である(例:インドキシル硫酸、p-クレソール硫酸)。これらは病態生理学的に負の作用をもたらすだけでなく、尿毒素の臨床症候群に寄与していると考えられるためである。
尿毒素の前駆物質であるインドールとp-クレゾールは、大腸の微生物がタンパク質を分解する蛋白異化によって生じる産物である(4.5)。インドールは、大腸菌(Escherichia coll)、プロテウス菌(Proteus vulgaris)、バクテロイデス菌(Bacteroides spp.)等の腸内細菌が持つトリプトファナーゼによって食事中のトリプトファンから生成する。p-クレゾールは、バクテロイデス属、ラクトバチルス属、エンテロバクター属、ビフィドバクテリウム属、クロストリジウム属等の腸内にいる多くの偏性又は通性嫌気性菌によるチロシン及びフェニル
アラニンの部分的分解によって生じる。インドールとp-クレゾールは、吸収されたのち、肝臓でスルホン酸化され、それぞれタンパク質結合型のインドキシル硫酸及びp-クレゾール硫酸に変換される。これらの毒素は、通常は腎臓によって排泄されるが、腎臓病の症例では全身循環血中に蓄積する。
ディスバイオーシスが存在すると、大腸由来の尿毒素の産生にさらに寄与することになり、悪循環を生じさせる(4.5)。慢性腎臓病の症例では小腸におけるタンパク質の消化吸収不良が生じるため、腸管内のタンパク質基質が増え、尿毒素の前駆物質を産生するタンパク質分解細菌の増殖を促進する。便秘は大腸における便の滞留時間を延長させることから、やはり関与している可能性がある。便秘している人のCKD患者は便スコアが正常な患者と比べて尿毒素の濃度が高い(6)。

尿毒素の有害作用

ある物質の濃度が上昇したからといって必ずしも病気であるとは限らないが、CKDにおいて蓄積する多数の尿毒素は有害作用を持つことが知られている。例えば、CKDにおけるインドキシル硫酸及びp-クレゾール硫酸の蓄積は、フリーラジカルの生成やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(renin angiotensinaldosterone system: RAAS)の活性化との関連が示されており、RAASの活性化は腎の線維化、炎症の惹起と腎尿管細胞の損傷、そして、糸球体硬化の進行を起こす(7)。
尿毒素はその他にも望ましくない効果を持ち、病的状態や死につながる。これには、神経系の障害、エリスロポエチンの産生と骨代謝回転の低下、筋萎縮の加速化、心臓血管疾患のリスクの上昇などが含まれる(7)。
CKDと糞便中脂肪酸
腸内ディスバイオーシスによって妨げられるもう一つの腸内細菌叢代謝産物は脂肪酸である。大腸の細菌叢によって生成される短鎖脂肪酸(short-chain fattyacids: SCFA)には、直鎖状の酢酸、プロピオン酸、酪酸及び吉草酸と分岐鎖状のイソ吉草酸及びイソ酪酸がある。直鎖SCFAは複合多糖(難消化性食物繊維を含む)及び腸管上皮細胞由来の粘液の糖分解発酵の主要最終産物であり、腸と宿主の両方の健康に欠かせない必須栄養素であり(8)、腸の蠕動運動の促進、脂質及び糖の代謝、血圧の調節、抗炎症作用など、局所と全身に複数の有益な作用がある。これとは対照的に分岐型はSCFAの総産生量のごく一部を占めるに過ぎず、タンパク質が吸収されずに小腸を通過し、タンパク質由来の分岐鎖アミノ酸が大腸の細菌叢によって分解される際に生じる(8)。
分岐鎖SCFA等の大腸におけるタンパク質分解産物は、小腸に有害作用を及ぼすと考えられており、炎症を惹起し、腸の蠕動に負の作用をもたらす可能性がある(8)。人のCKDでは、ディスパイオーシスとSCFAを産生する細菌の減少が関連付けられているが、著者らの知る限り分岐鎖SCFAについては研究が行われていない。


犬猫で分かっていることは?

獣医学では細菌叢と尿毒症及びそれらと腎臓病との関連に関する情報が比較的限られているが、猫に関する研究はより進んでいる。
健康な猫(8歳以上)と比べると、CKDの猫では糞便中微生物の多様性と豊富度が低下し、ディスバイオーシスの状態になっていることが16SリボゾームRNAの配列解析から明らかになっている(9)。
さらに、CKDの猫では腸由来の尿毒素が体循環に蓄積している。猫のCKDではインドキシル硫酸が有意に上昇しており、疾患の進行との関連が示されている(10-12)。ある研究では健康な猫とCKDの猫でp-クレゾール硫酸の濃度に有意差は示されなかったが、最高濃度が観察されたのはCKDの猫だった(9)。
興味深いことに、IRISステージ2のCKDでも尿毒素の濃度が対照群の猫より有意に高いことが確認され、このようなバランスの異常は疾患過程の早期のうちにすでに生じていることが示唆された。
CKDの猫と健康な対照猫における直鎖SCFA(酢酸、プロピオン酸、酪酸及び吉草酸)と分岐鎖SCFA(イソ酪酸及びイソ吉草酸)の糞便中濃度の検討を行ったところ、CKDの猫では特にIRISステージ3及び4で糞便中のイソ吉草酸濃度が高かった(9)。筋萎縮が認められる猫では認められない猫と比べて糞便中の分岐鎖SCFA濃度が高かった。その後の研究においてCKDの猫では便中の胆汁酸にも異常を示し(13)、血清中の複数の必須アミノ酸が欠乏していることも示されている(14)。
これらの結果を合わせると、腸内細菌叢がCKDの猫の治療における標的であり、腸由来の有害な尿毒素の産生を減らし、より健康な腸内細菌叢を回復させることを目標とするというアイディアを支持するものである。また、犬においても同様と考えられる。

治療のターゲット候補としての腸

尿毒素
人医療では、腸管由来の尿毒素が起こしうる負の作用に加え、蛋白に結合するため尿毒素を血液透析で除去できないことから、食事療法、プレバイオティクス及びプロバイオティクスによる大腸微生物の増殖の制御、吸着剤を用いた尿毒素の吸着など、インドキシル硫酸とp-クレゾール硫酸の産生を抑制する方法に焦点があてられてきた(4.5)。
インドキシル硫酸とp-クレゾール硫酸の生成は、大腸で糖を分解する菌を選択的に増やし、タンパク質を分解する菌を減らすこと、また、栄養素の腸管通過時間を最適化すること(便秘を改善することが重要なのはこのため)で調節することができる。
プレバイオティクスとプロバイオティクスは、大腸細菌叢の構成に影響を与え、人のCKD患者においてインドキシル硫酸とp-クレゾール硫酸の濃度を低下させることに成功している
加えて、食事中の炭水化物と食物繊維を増やし、タンパク質摂取量を減らすことでインドキシル硫酸とp-クレゾール硫酸の濃度が低下することが示されている。セベラマー塩酸塩及びAST-120等の吸着剤も腸におけるこれらの毒素の吸収を制限するために使用されている(15,16)。ただし、獣医療におけるCKD症例の腸由来尿毒素を減らす方法についてはほとんど文献がなく、治療のターゲット候補としてのさらなる探索が必須である。
食事中のタンパク質量を抑制することで尿毒素と尿毒症の臨床症状を軽減するというのが動物用の腎臓用療法食で従来から用いられてきたタンパク質調節の中心的信条だった。
しかしながら、研究が行われていないため、タンパク質の制限が毒素や尿毒症の臨床症状の軽減につながるという確かなエビデンスは現在でも得られておらず、そのために特に猫の腎臓用療法食における理想的なタンパク質含量は近年の論争の的になっている(17,18)。
タンパク質含量の違いが猫の尿毒素に及ぼす影響については限定的なデータがある。健康な猫を対象にしたある1つの研究では、高タンパク食(10.98g/100kcal ME 対 7.44g/100kcal ME)でインドキシル硫酸濃度が高く、p-クレゾール硫酸の濃度は比較的高かった(19)。
同様に、IRISステージ1のCKDの猫にタンパク質含量の異なる3種類の食事を与えたある研究では、タンパク質含量がもっとも高い食事でインドキシル硫酸及びp-クレゾール硫酸の濃度が明らかに高かった(8.01g/100kcal ME X$6.95g/100kcal ME 対 5.65g/100kcal ME) (20)。
猫は完全な肉食動物と考えられており、そのため犬や人間と比べてタンパク質要求量が高いので、猫の腎臓用療法食の理想的なタンパク質含量についてはまだ議論の余地がある。
高齢の猫は若い猫よりタンパク質要求量が高い可能性があることが研究から示されており、CKDの猫は多くが体重やボディ・コンディション・スコア、筋肉量の経時的な低下を示す。現在までに分かっている情報を考慮すると、CKDの猫の食事中のタンパク質は、尿毒素の生成の抑制と除脂肪体重の維持のバランスがとれるようタンパク質含量の絶妙な調節が推奨される。タンパク質を調整した食事を与える際の成功の秘訣は、適切なカロリーを確実に摂取させることにある。
CKD猫におけるプレバイオティクスとプロバイオティクスの投与は、腸内細菌叢の健康を改善し、腸由来の尿毒素の血中濃度を減らすことを期待して用いられている。
市販のプロバイオティクス製品(Enterococcusfaecium SF68株)はCKDの猫で検討が行われており、腸内細菌叢にも主な腸由来尿毒素の血清濃度にも明らかな作用は示さないことが報告されている(21)。また別の研究では、実験食中の発酵性食物繊維(プレバイオティクス)がCKDの猫の糞便中細菌叢に及ぼす作用の検討が行われ、健康な猫と比べると腸内細菌叢が変化しにくいことを明らかにしている(22)。ただし、食物繊維が健康な猫と比べてCKDの猫で血漿中尿毒素濃度を低下させることが分かり、腸内細菌叢を変化させることにより腸由来尿毒素を減少させることができるという概念が支持されたが、種特異的でエビデンスに基づく戦略が必要である。
現在、多くの国において複数の市販製品が利用できる。これには細菌叢に有益に働きかけ尿毒素を産生しにくい環境を作るプロバイオティクス・プレバイオティクス製品、消化管内でインドールを吸着し体内への吸収を防ぐ炭素ベースの吸着剤などが含まれる。後者の製品は、8週間の投与により高齢猫においてインドキシル硫酸を低下させることが示されているが(23)、いずれの製品についてもCKDの猫におけるインドキシル硫酸の低減作用に関するデータは今後の報告が待たれるとこるである。

便秘

猫のCKDに伴う便秘の発生率については報告がないが、一般的にはよくある医学的問題であることが経験上分かっている。猫の排便習慣を調査した試験の中間結果からは、CKDでは排便があまり一定していないことが伺われ、これらの猫の便秘の原因は水分バランスの機能不全に消化管蠕動運動の異常が加わっている可能性がある。
腎臓による尿の濃縮能が低下し、慢性的かつ潜在性の脱水状態に陥ると、代償として大腸からの水の再吸収が起こる。低カリウム血症とリン結合剤の使用も、便秘に寄与することがある(24,25)。便秘の治療には、脱水と電解質平衡障害の補正、食事療法、食物繊維、ラクツロース等の浸透圧性便化剤、編動運動促進剤が含まれる。便秘は臨床的な作用のほかにも負の影響を示すことがあり、古典的な腸腎連関の例といえる
前述したように、便秘している人のCKD患者では糞便スコアが正常な患者とくらべて尿毒素濃度が高く、これらの毒素は消化管の蠕動運動に負の作用を及ぼす(8)。

CKDの実験モデルでは、ラクツロースの投与により、尿毒素及びクレアチニンが有意に改善し、管臓の組織病変にも改善が認められることが確認されている(26)。

結論

さらに多くの研究が必要だが、消化管と腎臓は健康なときも病気のときも互いに作用し、影響しあっているというエビデンスが集まりつつある。

慢性腎臓病の猫の多くが腸内細菌義のディスバイオーシスを示していることから、腸は罹患猫の寿命と生活の質の改善を実現するための主な焦点として積極的に取り組む対象になると予想される。


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